古道を辿る至福の一日 9/27
『左馬殿道』
それは関ヶ原の戦いの後、400年以上前の江戸時代に使われた因幡と但馬を繋ぐ古道です。
因幡國若桜の鬼ヶ城と、その配下にあった現在の新温泉町石橋の馬場ノ平城との往来のために開通利用された道で、若桜鬼ヶ城の城主であった山崎左馬允家盛にちなんで命名されたとされます。
城主・山崎氏時代は、その所領範囲が現在の鳥取県若桜町を越え、但馬国の二方郡(美方郡・新温泉町)まで及んでいました。
このため、家臣であった豊後守のいる馬場ノ平城までの往来は、若桜から北方に向かい、諸鹿(もろが)を通り、扇ノ山(おうぎのせん1310m)の東尾根を越え、但馬に入るというこのルートが使われたそうです。
以前この一部はバイクで訪れたことがありましたが、その時は主に併設されている作業道を走り、それは途中で行き止まりだったために断念しました。
それでもずっと長きに亘りその全容が気になっていて、今回また徒歩で調べ、扇ノ山の山頂を経由して楽しんできました。
(移動距離はミスルート区間が含まれていないので2kmほどの誤差があります)
スタートは但馬側の新温泉町上山高原。
拙ブログの読者の方にはお馴染みかと思いますが、これまで何度も何度も訪れている僕の大好きな場所です。
それなのになぜ今までこのルートを敢えて避けていたかというと、すべてはこの看板が物語っています。
いろいろと調べていると、これまでに何人もの熟練者がこの古道から分岐して霧ヶ滝の方向に進む道にある断崖絶壁の罠にはまり命を落としているからなのです。
絶対にそこに迷いこむことはあってはならず、今回も実は前日まで単独で行くことにためらっていたのですが、思い切ってチャレンジすることにしました。
このところ近所の山を歩き体力も整い、気温も下がってきたので狙い目だったのです。
本来の入り口は上山高原避難小屋の横からなのですが、少し河合谷方向にある作業道の入り口から歩き始めました。
しばらく歩くと作業道は左鋭角に曲がり(最初のミスコースでそのまま左に行ってしまい、途中で引き返しました)、まっすぐに進むとこの『西ヶ丸ふれあいの森』に入ります。
以前バイクで来た時に、ちょうどここでヤマドリの親子に出会い、その姿たるや可愛くてたまりませんでした。
そしてここは本当に素晴らしいブナの森です🎵
これはネット上で拾った画像ですが、秋の紅葉黄葉の季節にはこんな景色が広がります。
その中を谷に向かって下ると沢があり、これが最初の渡渉で、この後いくつも沢を渡ることになります。
ブナの大木があちらこちらにある貴重な天然林です。
二つ目の渡渉もそれほど難しくはありませんが、滑りやすいのでウォーキングポールがあるとより安心ですね。
これは途中にある木地師の墓で女性の名が刻まれています。
かなりの年月が経っているのにもかかわらず、その字がはっきりとしているのは少し驚きです。
他のハイカーさんのブログを見るとちゃんと墓石は立っていたのですが、僕が見た時は倒れていました。(起こしてみたのですが、土台の石にうまくはまりませんでした)
この手前にも別の墓があったはずなのですが、どうもそれは見落としてしまったようです。
木地師というのは轆轤(ろくろ)と呼ばれる道具を使って、木材を円形に削り、椀や盆などの木工品を製造する職人のことです。
諸国の山中に入り自由に木材を使う権利を保障され、20〜30年単位で住居を移動しながら暮らしていたそうです。
しかしこの地域は冬になれば豪雪となり、いったいどれほど厳しい生活環境だったのでしょうか。
2つ目のミスコースはこのお墓の先。
ハイカーさんの残した目印のピンクリボンがずっと続いているのですが、その方も迷ったようで、誤ってつけたものを撤去していないので騙されてしまいました。
こんな小さな渡渉は歩きならばなんの問題もありませんが、もしもバイクだと手こずりそうなところもあります。
全体の2/3を過ぎた頃からこんな道標が現れて安心できます。
(ただ上端に「もどれ」と書いてあるのはどういう意味なのでしょう?)
間違えそうな箇所にはこんなトラロープも張られていました。
こんな逞しい木はあちらこちらに現れます。
おそらく風雪によって一度は折られながらも頑張ってきたのでしょう。
杉林の間の杣道(そまみち)を辿っていくと・・
沢の対岸に少し広めの道が見えてきました。
素晴らしい道です!
ここはバイクで走りたいなあ🎵
これぐらいの渡渉ならば、バイクでもお楽しみのアトラクションというところですね。
幅員は充分ありますが、シダに覆われた区間を過ぎるとゴールは近くなります。
足元が見えずらいのでヤマカガシを踏んづけそうになりました。
かつて営林署の小屋があったとされる跡が現れます。
建物はまるで崩壊していますが、セメントで作られた、そう古くはなさそうな風呂だけが残っています。
その横に流れる沢を渉るようにと地図には描かれていますが、いったいどこだろうと思っていたら、木に赤いフンドシ!が結び付けられていました。
沢を渡ったその先は高さ5mくらいの崖になっていて、登るためのトラロープが張られています。
青い矢印の方向でも登れそうですが、僕はロープを伝って赤い矢印で登りました。
登り切って上から眺めるとこんな感じです。
ここさえ何とかなって、全体的にドライなコンディションならばバイクでも?なーんて想像しながら進むと・・
舗装林道畑ヶ平線から分かれてくる作業道に合流しました。
以前からここは何度もバイクでは訪れていますが、冒頭の看板と同じものを見て諦めていました。
その作業道を1kmほど進めば畑ヶ平林道と合流です。
このエリアの周囲に広がるブナ林も格別です🎵
舗装される前に一度で良いから走ってみたかった。
2kmほど歩くと大根畑への入り口が左右にある交差点に出合います。
これを右に進むとこれから歩く登山道と合流するのですが、私有地につき立ち入り禁止となっています。
手前では地元の方が山葡萄を取っていましたがジュースにでもするのでしょうか?
その先ロープが張られ侵入禁止とはなっていますが、フラットダートの扇ノ山林道、一部ヌタ場でロングの東因幡林道、そしてスーパーウェットな広留野林道がありますが、その入り口右に畑ヶ平登山口があります。
ここから先の扇ノ山山頂まで距離2700mで高度差は300m。
普通ならば鼻歌混じりの楽勝コースですが、ここまで何度も迷い実質10km以上3時間ぶっ通しで歩いていたのでひと休み。
でも昼食は山頂で食べたいので、スポーツ羊羹で糖分だけ補給します。
ここからの登山道も本当に気持ち良かったです🎵
それに現在はこの登山口までは工事通行止めで車では来られないので、ハイカーさんは皆無だと、先ほど出会った地元の方も言っていました。
扇ノ山登山は東西南北いくつものルートがありますが、いずれもこうした道標が整備されていて、あとどれくらいで山頂に着くか把握できます。
右手から来る先ほどの大根畑からの道と合流して、さらに爽やかな道を進んでいきます。
AIより〜
苔もまた美しいですね♪
This is the MossGreen!
7合目の道標を過ぎると、所々で木段が続くようになります。
この辺りで疲れが溜まり少しバテてきました。
登り切るとようやく先月にも歩いたメインルートと合流します。
展望台からは前回よりもすっきり見える鳥取市街地の風景が広がっています。
アップにするとこんな感じ。
山頂に着くとひとりのハイカーさんが先着で昼食を摂っていました。
挨拶をしてよもやま話を始めると、鳥取市内にお住まいの方でお年は75とのこと。
ここにはよく来ていらっしゃるそうで、左馬殿道のことなどいくつか尋ねると、これがまた的確で深く、ものすごい答えがバンバン返ってきます。
よくよく聞けば学生の頃から登山部に入り鍛え上げられ、今でも雨さえ降らなければ避暑代わりに毎日のようにどこかの山に登り、また郷土の歴史にも古文書などを調べたり、長老たちから聞き取りをするなど深く関わってこられたそうです。
さらに驚いたのはすでにリタイヤされているとのことですが、あの黒川紀章の設計事務所で働いたこともある一級建築士だったそうなんです。
最初は少し離れたベンチに座り話していたのですが、すぐ真横に移動していろんなお話を聞かせてもらいました。
あっという間にそれが1時間以上も続き、さらに帰る方向が一緒だったため、途中まで歩きながらも話し続けて下山しました。
別れ際にお名前を伺うとちょっと珍しかったので、失礼も承知でそのことを尋ねると、なんと由緒ある武家の末裔とのこと。
まさに一期一会、本当に素敵な出会いでした。
最後の分岐からはまた独り、このブナ林を楽しみながら歩きます。
小ズッコ避難小屋を過ぎると海上林道(舗装)に出ます。
この森を去るのが惜しくて惜しくてたまりません。
舗装路を2kmほど歩くとデポ地に到着します。
この夏の猛暑が続いてどうなのかと思っていましたが、今年のススキの生育はかなり良さそうです。
浜坂港の沖の日本海水平線もよく見えてます。
海上集落に下る途中の芝桜公園の風景も僕の大のお気に入り。
ここをMYKの3人で走ったことを思い出します。
何度も道迷いをしそうになり、さらに素晴らしい方との遭遇で予想以上に時間がかかってしまい、帰りがけに寄る約束の西村農園さんと、羽渕精肉店さんの営業時間に間に合うかヒヤヒヤしましたが、どちらでも素晴らしい食材を手に入れられた1日でしたが、そのことはまた後日Facebookで投稿します。